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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11669号 判決 1996年3月21日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

片岡利雄

東京都千代田区<以下省略>

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

宮崎乾朗

京兼幸子

塩田慶

同復代理人弁護士

松並良

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五七万四九九九円及び内金三二五万四九九九円に対する平成元年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、証券取引法制上「一般投資者」と呼称される者であり、被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買を業として営む証券会社である。なお、原告の取扱店は被告大阪ビジネスパーク支店である。

2  ワラントの特質と証券会社の注意義務

(一) ワラントとは

ここでいうワラントとは、昭和五六年の商法改正により認められた新株引受権付社債(ワラント債)のうち,社債部分を切り離したものであり、新株引受権のみを表章した有価証券である。したがってワラント一般の証券としての特質を要約すれば、「予め定められた権利行使期間内に、予め定められた権利行使価格を別途払い込んで、予め定められた一定株数の新株を購入できる権利を有する証券」ということができる。

また、ワラント債には、国内で発行される円建てのものと、海外で外貨建てにて発行されるものとがある。

(二) ワラントの特質と危険性

ワラントは、左記のとおり極めて多大な問題を含んだ商品であり、現に昭和六〇年一〇月までは、ワラント債から分離しての販売自体が禁止されていた。そして十分な一般投資者保護の方策がとられることなく、発行企業と証券業界の強い要請によって分離によるワラント単独の売買が認められるに至っているのである。

(1) リスクの巨大さ

ワラントは、本来、いわば社債に「おまけ」を付けることで社債の低利発行を可能ならしめるための甘味剤であり、予め定められた価格によって将来において株式を取得し得るというだけの、実態が希薄な権利を表彰する証券である。したがって、ワラントの取引価格は、株価に連動しつつもこれを遙かに上回る激しい値動きをみせることが多い。とりわけ右の株式を取得するための「予め定められた価格」が現在の当該株式の相場価格を上回り、権利行使期間中の相場が回復する見込がないと強く予想される場合、わざわざ相場より高い値段で株式を取得する権利を買う者がいるはずもなく、ワラントは紙屑同然となる。そしてそのまま権利行使期間が過ぎたとき、ワラントは紙屑となってしまう。

このように、ワラントは、一瞬にして全損を招きかねない、極めて投機性の高い商品なのである。

(2) 取引手法の複雑さ

前記のごとくワラントは実態が希薄な商品であるだけに、「ポイント」なる用語を用いての計算方法等、その取引システムも極めて技巧的であり、その取引手法は一般投資者に容易に理解できるものではない。

(三) 証券会社の注意義務

以上のごときワラントの特質、危険性に鑑み、証券会社はワラントの販売に際して、概略以下のような注意義務を負うものである。なお、本件では原告は国内ワラントを購入しているので、以下、国内ワラント販売に限定して証券会社の注意義務を略述する。

(1) 比較的安全な取引のみを行っているような一般投資者は、決してワラントの取引につき適合性を有するものではなく、このような投資者にワラントを販売してはならない。

(2) ワラントを販売する場合には、顧客に対してその特質と危険性を十分具体的に説明し、顧客がこれを理解したことを確認しなければならない。まして、断定的な判断の提供を伴う勧誘は、厳に慎まねばならず、加えて、ワラントが一般投資者が周知性がない商品であることを利用して、虚偽又は誤解を生ぜしめるような表示を行うことがあってはならない。

3  事実経過

(一) 原告は、かねてから、投資信託や現物取引といった比較的安全な投資のみを行っていた者であり、信用取引等リスクの大きい投資には絶対に手を出さないとの意向を持っていた者であるが、平成元年一二月前ころ、被告の社員であったB(以下「B」という。)から電話により、特にその内容や取引の仕組み等の説明もなく、ワラントの購入につき、勧誘を受けた。その後、原告は、同月七日ころ、被告大阪ビジネスパーク支店との間で、第一九回日本精工の国内ワラント(以下「本件ワラント」という。)を数量にして一〇枚購入し、金三二五万四九九九円の支払勘定(支払)となった。

(二) 原告は、本件ワラント購入後一か月くらい経って本件ワラントの売却を被告に依頼したが、売れなかったとの報告を受けた。その後も原告は、被告に本件ワラントの売却依頼を継続していたが、一向に売ってくれず、そのまま放置された結果、原告は本件ワラントの処分の機会を逸し、売らないまま現在に至っている。

(三) その後被告から送付された平成五年九月三〇日付「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」によれば、本件ワラントの権利行使最終日は、平成五年一一月一〇日であり、時価評価額は五〇〇〇円に下落していた。

(四) 原告は、ワラントがどんなものであるのか全く理解できていなかった。前述のとおり、ワラントは本質的に複雑なもので、値動きが激しく、当時、株式取引を頻繁に行なっている者の間でもよく理解されていないものであった。しかるにBは、本件ワラントを売るに際し、ワラントの正確な内容について全く説明していないばかりか、被告は、本件ワラントの購入後、すぐに売却依頼をした原告に対し、結局応じることがなかったことで、平成五年九月三〇日現在の時価評価額がたったの五〇〇〇円に下落するまでに原告の損害を拡大せしめたのである。

4  違法性

(一) Bについて

Bは、以下に述べるとおり不法行為責任(民法七〇九条)を負う。

(1) 適合性の原則違反

ワラント取引は、前項で指摘した特徴と危険性を有するので、一般投資者はワラント取引について適合性がなく、ましてや原告のように投資信託や現物取引といった比較的安全な取引経験、意向しか持たない者がワラント取引につき適合性があるはずはない。にもかかわらず、被告は原告に本件ワラントを販売したものであって、その販売行為自体が証券取引一般についての大原則の一つである適合性の原則違反であり、違法である。

(2) 説明義務違反

仮に、一般投資者にワラントの購入を勧誘することが許されるとしても、勧誘に際してはワラント取引の特徴と危険性をわかり易く説明して、一般投資者の十分な理解を得ることが不可欠であり、そのことは証券会社の最低限の注意義務ということができる。

しかるにBは、本件ワラントを売るに際し、原告にワラントの正確な内容について何ら説明していない。

このように、Bがワラント購入勧誘に当たっての注意義務を著しく怠り、原告にワラントの特徴と危険性を説明せず、したがって原告にワラントの特徴を理解させることなく、本件ワラントを購入させたことは違法な勧誘、販売行為といわざるを得ない。

(3) 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示(旧証券取引法五〇条一項五号違反)

Bは、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間中に株価が権利行使価格を上回らない場合には実質的に「紙屑」になる可能性があることを原告に告げなかった上、本件ワラントの権利行使期限が平成五年一一月一〇日に到来する点についてもこれを隠したまま販売しているが、これは旧証券取引法五〇条一項五号違反であるとともに、同条による旧省令一条一号違反であり、証取法は取締法規であるが、右条項についていえば、その実質は証券取引上の注意義務を定めた規定であって、これに反する行為は民法上も違法である。なお、右条項にいう虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示は、積極的な表現のみならず、投資判断に重要な影響を及ぼすような事項について必要な表示を欠く不作為も解釈上含まれるから、Bは、右販売行為に際し、明らかに虚偽の事実を述べたものである。

Bは、原告に対して本件ワラントの購入を勧誘するに際し、前記の違法行為を行ったとともにワラントの危険性を隠し、あたかも比較的安全な証券と誤信させ、原告に損害を与えたものであり、これはBの詐欺行為に当たり、不法行為(民法七〇九条)を構成する。

(二) 被告について

(1) 不法行為責任

被告は、このように危険なワラントについて、特に危険性を顧客に周知させるようにBら社員を指導せず、むしろワラントを有利なものとして積極的に顧客に売りさばいてくるように指導していたもので、これは原告に対する会社ぐるみの不法行為(民法七〇九条)に当たる。

また被告に会社ぐるみの不法行為がないとしても、Bの行為に対して使用者責任を負い、同じく不法行為責任(民法七一五条)を負う。

(2) 債務不履行責任

被告は、証券会社による証券取引として、原告との間で本件ワラントの売買契約を結び、取引を行ったものであるが、その際原告に対して、本件ワラントの内容や取引の仕組み等につき、証券会社として信義則上正しい説明をして売買する契約上の義務があるのに、それに反して原告に虚偽の説明をして原告に本件ワラントを購入させたもので、これは証券取引における売買契約上の債務不履行に当たる。

よって原告は前記損害について、予備的に被告の債務不履行責任を主張する(民法四一五条)。

5  原告の損害

(一) 売買損

原告は、Bの勧めによって平成元年一二月七日ころに本件ワラントを数量として一〇枚購入し、金三二五万四九九九円の支払勘定となったが、その後本件ワラントは、権利行使期限である平成五年一一月一〇日を経過して「紙屑」となった。

したがって、原告が本件ワラントを購入したことにより支出した金三二五万四九九九円が損害となる。

(二) 弁護士費用

原告は、本件裁判の提起に当たり原告代理人弁護士を依頼した。右売買損の約一割である弁護士費用金三二万円も本件不法行為と相当因果関係を有し、被告に請求できる損害となる。

(三) 総損害

原告は被告及びBに対して、右(一)(二)の損害の合計金三五七万四九九九円及び内金三二五万四九九九円に対する本件ワラントの購入日である平成元年一二月七日から支払済まで、年五分の割合による遅延損害金の請求権を有しているものである。

6  結論

よって原告は被告に対し、損害賠償請求権に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が証券取引法制上「一般投資者」と呼称されるものであることは否認し、その余は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

3  同2(二)の事実のうち、ワラントの取引価格が株価に連動しつつもこれを上回る激しい値動きをみせること、権利行使期間が過ぎたときワラントの価値がなくなることは認め、その余は争う。

4  同2(三)の主張は争う。

5  同3の事実のうち、原告が本件ワラントを購入したことは認め、その余は否認もしくは争う。

6  同4、5の各事実及び主張は否認もしくは争う。

三  被告の主張

1  原告と被告との取引に至った経緯

(一) 昭和六二年七月ころ、訴外C(以下「C」という。)が被告大阪ビジネスパーク支店に来店し、被告従業員のBが応対したところ、Cより新規に被告と取引を開始したい旨申入れがあり、Bが担当となり被告との取引が開始した。

(二) 昭和六三年一一月ころ、Bは、Cを介して、原告の経営する歯科医院において、原告を紹介された。原告は、当時既に証券取引の経験があり、そのとき、原告はBに対し、「小さいところは駄目だ、情報が遅い。」、「いいのがあれば勧めて欲しい。安定的に長く持って、じっとゆるやかな値上がりを待つよりも、短期で値上がりするもの、トロイ銘柄よりギュッと上がるようなやつがよい。」と話した。

2  原告と被告との取引内容

(一) 原告は、昭和六三年一一月二四日、第一中央汽船五〇〇〇株を単価五七五円で購入したのを皮切りに被告と取引を行った。

(二) 原告が好んだ銘柄は前述の話のとおり、値動きの激しいものであり、安定して長期に株式を保有しようという傾向はなかった。

(三) 信用取引については、平成元年四月ころ、原告よりBに対し、信用取引をやってみたい旨の話があったが、そのときは、Bから信用取引を開始するには、預り資産が足らず、現状においてはできない旨の説明をし、これを断念してもらったということもあった。

3  ワラント取引

(一) 原告と被告との取引において、ワラントの話が出たのは原告からであり、Bは、これによって原告がワラントに興味をもっていることを知った。そのとき、Bは原告に対し、ワラントについて新株引受権であること、権利行使期限があること、ワラント取引の仕組み、ハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期限を過ぎると無効になること等の説明を行った。

そして、Bは、原告に対し、平成元年一二月七日、電話で本件ワラントを勧め、約定に至った。右勧誘の際、Bは再度ワラントについて説明を行った。

(二) 原告は、平成二年一月ころ、Bに対し、本件ワラントを指値で売却して欲しい旨の注文を出したが、右指値による売買は成立しなかった。

(三) 同年二月ころ、本件ワラントの価格が原告の買値前後まで回復した。Bは原告に対し、右値動きを報告したが、原告は本件ワラントを売却せず、様子を見るとのことであった。

(四) 同年五月ころ、被告は、原告に対し、国内新株引受権証券取引説明書及び外国新株引受権証券取引説明書(以下「ワラント取引説明書」という。)等を郵送し、同封した国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(以下「ワラント確認書」という。)所定の欄に原告の署名・押印を受け、返送してもらった。

このとき本件ワラントは値下がりし、かなりの評価損が出ていたことを原告は知っていたものの、この点についての苦情は何ら出なかった上、ワラント取引説明書は、ワラントについて分かりやすく説明しており、ワラントについて「このような説明は聞いていない。」等の異議もなく、これらは、原告がワラントの特質、性質について、十分知った上で本件ワラントを購入したことを示している。

(五) 同年八月ころ、本件ワラントの価格が買値の半値位になったとき、Bは原告に対し、時価を報告し、また本件ワラントの売却の提案をしてみたが、原告は売却することをしなかった。

その後も本件ワラントの価格は値下がりを続け、原告は損失を生じて売却することを決断しなかった。

その結果、本件ワラントの価格は以後持ち直すこともなく、下がり続けて結果的に本件ワラントを売るタイミングを失ってしまったが、それは右のとおり原告の意思を尊重した結果である。

4  以上のとおり、被告の本件ワラント勧誘行為には何ら違法性はなく、加えて、原告は、ワラントのリスク等を被告からの説明等により十分認識した上で本件ワラントを購入している。

したがって、原告は単に相場の変動により結果的に損失を被ったのであり、被告に右損害を転嫁しようとしているにすぎない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  被告が証券会社であり、原告の取扱店が被告大阪ビジネスパーク支店であること、原告が平成元年一二月七日に本件ワラントを購入したこと、ワラントとは、昭和五六年の商法改正により認められた新株引受権付社債(ワラント債)のうち,社債部分を切り離したものであり、新株引受権のみを表章した有価証券であること、したがってワラントは、予め定められた権利行使期間内に、予め定められた権利行使価格を別途払い込んで、予め定められた一定株数の新株を購入できる権利を有する証券であること、ワラントの取引価格が株価に連動しつつもこれを上回る激しい値動きをみせること、権利行使期間が過ぎたときワラントの価値がなくなるについては当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に甲第四一号証、第四七号証、第五〇号証の一ないし四、第五一号証の三、乙第一号証の一ないし一一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第六ないし一二号証、第一三号証の一ないし七、第一四号証の一、二、第一五号証、第一七号証の一ないし四、第一八号証、証人Bの証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  昭和六二年七月ころ、Cが被告大阪ビジネスパーク支店に来店し、被告従業員のBが応対したところ、Cより新規に被告と取引を開始したい旨申入れがあり、Bが担当となり被告との取引が開始した。

2  昭和六三年一一月ころ、Bは、Cを介して、原告の経営する歯科医院において、歯科医師である原告を紹介された。

原告は、当時既に伊藤銀証券株式会社(以下「伊藤銀証券」という。)及び明光証券株式会社(以下「明光証券」という。)において証券取引の経験があり、そのとき、原告はBに対し、「小さいところは駄目だ、情報が遅い。」、「いいのがあれば勧めて欲しい。安定的に長く持って、じっとゆるやかな値上がりを待つよりも、短期で値上がりするもの、トロイ銘柄よりギュッと上がるようなやつがよい。」と話した。

3  原告は、昭和六三年一一月二四日、第一中央汽船五〇〇〇株を単価五七五円で購入したのを皮切りに被告と取引を行った。

原告が好んだ銘柄は、値動きの激しいものであり、安定して長期に株式を保有しようという傾向はなかった。原告は、低位の株式を好み、これから上がりそうだと原告が判断した銘柄を、Bからの情報、新聞、テレビからの情報等を基にしつつ、最終的に原告自身が判断し、約定に至っている。原告は、これらの約定に至った株式について、約定後、値上がりしたものについては、原告自身の意向により、短いもので一日、平均しても二、三か月という比較的短期間で売却し、利益を確定させている。

4  平成元年四月ころ、原告よりBに対し、信用取引をやってみたい旨の話があったが、そのときは、Bから信用取引を開始するには、預り資産が足らず、現状においてはできない旨の説明をし、これを断念してもらった。

5  原告は、平成元年五月一九日、コスモ証券株式会社(以下「コスモ証券」という。)との取引口座を開設し、その後、コスモ証券において現物株式、転換社債、投資信託等の取引を行っている。これらの株式の銘柄について、被告における取引と同じく値動きの良い銘柄であり、購入から売却までの期間についても、平均しても約二か月とかなり短期間で売買しており、平成三年六月には、コスモ証券を通じて富士通ワラントを購入している。

6  本件ワラント取引

(一)  原告と被告との取引において、ワラントの話が出たのは、原告が証券取引の専門書を購入し、その中でワラントの投資効率の良さに興味を持ち、Bに対して「ワラントというすごく値動きのあるものがあるらしいやないか。」と質問したからであり、Bは、これによって原告がワラントに興味をもっていることを知った。そのとき、Bは原告に対し、ワラントについて新株引受権であること、権利行使期限があること、ワラント取引の仕組み、ハイリスク・ハイリターンであること、権利行使期限を過ぎると無効になること等の説明を行ったが、原告は、ワラントの商品内容について研究し予め理解しており、少なくとも、甲第四七号証に記載されている内容程度の理解、すなわち投資効率のよい商品であるが、損を出したときも大きいハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使価格があること等の理解は十分あった。

原告は、ワラントに対し更に興味を持ったが、Bは、突然の原告からの話であり、直ぐに提言できる具体的銘柄を用意していなかったため、原告に対し、後日、何か良い銘柄があれば提案させてもらうと告げた。

(二)  そして、右説明を行ってから間もなく、当時、日本精工ワラントの値動きがかなり良くなっていたので、Bは、同ワラントは国内ワラントであり、外貨建てワラントに比べ為替の影響も受けず、値動きもつかみやすいであろうと考え、原告に対し、平成元年一二月七日、電話で本件ワラントを勧め、約定に至った。右勧誘の際、Bは、日本精工という会社についての説明とともに、再度ワラントについて説明を行った。

本件ワラント購入後、その約定当日、Bから原告に対し、単価、受け渡し代金等を口頭で報告した上、後日、被告本店より、原告に対し、本件ワラント取引の報告書が送付された。

(三)  Bは原告に対し、本件ワラント購入後も二、三日に一度位定期的に電話で連絡をし、その都度、ワラントの価格を報告していたが、平成二年になり、株式市場全体が急落し始め、これと動きを同じくして本件ワラントも値を下げていった。そこで原告はBに対し、本件ワラントの価格の推移の見通しについて質問したが、B自身、当時の急落が激しく、経験上、このような急落の後には反発も十分予想されたことから、もう少し様子を見ることを提言した。

平成二年一月末ころ、原告は、自らの相場観に基づき、本件ワラントを売却すると決め、その旨Bに申し出てきた。Bは、原告に対し、そのときの本件ワラントの時価を伝えたところ、原告は、時価の当たりで指し値をし、売って欲しいということであり、その値段で市場に出したが、その日は結局、商いは成立しなかった。その日の後場も引けた段階で、Bは、その旨を原告に伝えたところ、原告は、「そのような状態であるなら仕方ない、もう少し値段が上がるまで様子を見よう。」ということになり、翌日からは本件ワラントを売りに出さなかった

(四)  同年二月ころ、本件ワラントの価格が原告の買値前後まで回復したので、Bは原告に対し、右値動きを報告したが、原告は本件ワラントを売却せず、様子を見るとのことであった。

(五)  同年五月ころ、被告は、原告に対し、ワラントについて分かりやすく説明しているワラント取引説明書等を郵送し、同封したワラント確認書の所定の欄に原告の署名・押印を受け、返送してもらった。

このとき本件ワラントは値下がりし、かなりの評価損が出ていたことを原告は知っていたものの、この点についての苦情は何ら出なかった。

(六)  同年八月ころ、本件ワラントの価格が買値の半値位になったとき、Bは原告に対し、時価を報告し、また本件ワラントの売却の提案をしてみたが、原告は売却することをしなかった。

その後も本件ワラントの価格は値下がりを続け、原告は損失を生じて売却することを決断しなかった。

その結果、本件ワラントの価格は以後持ち直すこともなく、下がり続けて結果的に本件ワラントを売るタイミングを失ってしまった。

(七)  平成三年一〇月以降、被告から原告に対し、六か月ごとに保有しているワラントの時価等が掲載された「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」が送付されている。同明細書には、原告が本件ワラントを保有していること、本件ワラントの買付け価格、現在の評価、損益、権利行使期限及びその行使期限が過ぎると無価値となること等が記載されている。

平成四年一一月、平成五年二月及び同年五月に「新株引受権証券(ワラント)の権利行使期日のご案内」と題する書面が、被告から原告に対し送付されている。同書面には、本件ワラントの権利行使期限が記載されている。

平成四年九月三〇日付「月次報告書」に対し、原告は、その取引内容及び残高を確認する回答書を被告に返送している。

三  被告担当者の勧誘の違法性について

1  違法性判断の一般的基準

一般に、証券取引は、証券価格が政治・経済情勢等の諸事情によって変動するものであるから、その変動による危険を伴うものであり、証券会社から提供される情報等も将来の政治・経済情勢等の不確定な要素を含む将来の見通しの域をでないのが実情であり、投資家自身において、開示された情報を基礎に、自らの責任で、当該取引の危険性と、それに耐え得る財産的基礎を有するかどうかを判断して行うべきものである(自己責任の原則)。

しかしながら、証券会社が証券市場を取り巻く政治、経済情勢はもとより、証券発行会社の業績、財務状況等について高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を有する一方で、多数の一般投資家が証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に算入している状況の下においては、このような投資家の信頼も十分に保護される必要があり、これについて、証券取引法五〇条一項一号、五号、五八条二号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じさせるべき表示等を禁止し、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)で、投資家に証券の性格や発行会社の内容等に関する正確な情報を提供すること、勧誘に際し投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われることに十分配慮すること、取引開始基準を作成し、それに合致する投資家に限り取引を行うこととされ、日本証券業協会制定の公正慣習規則九号で、証券投資は投資家自身の判断と責任において行うべきものであることを理解させるものとするとし、取引開始基準の制定や説明書の交付等が定められ、投資家の保護が図られているところである。

もっとも、これらの法令、通達、協会規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するにすぎないため、これらの定めに違反した行為が私法上も直ちに違法と評価されるものではないが、これらの法令等は多数の一般投資家が証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行っているという状況の下で、投資家の信頼を十分に保護するために制定されたものであるから、証券会社及びその使用人は、投資家に対し、虚偽の情報ないし断定的判断等を提供するなどして、投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げることを回避し、また、投資家の財産状態及び投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘することを回避し、さらに、投資家に対し当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負うというべきであり、証券会社やその使用人がこれに違反して投資勧誘に及んだときは、具体的状況によっては、右勧誘行為は私法上も違法となるものというべきである。

2  適合性原則違反について

(一)  原告は、そもそもワラントを一般投資家に対して勧誘すること自体が適合性原則に違反し、違法であると主張する。

しかし、商法が分離型新株引受権付社債の発行を一般に認めており、証券取引法も個人投資家へのワラント販売を別段禁止してもいないなど、法律上も一般投資家への流通が予定されていること、ワラントは小額の投資で高い利益を得ることができる反面、投資金額の全額を失う危険があるものの、投資資金の額以上の損失を被ることはない等の事情を総合すれば、国内ワラント取引を一般投資家に対して勧誘すること自体が原則として適合性原則に違反するとはいえない。

(二)  また、原告は、原告にはワラント取引につき適合性がない旨主張する。

しかし、原告は、従前、被告のほか伊籐銀証券や明光証券及びコスモ証券を通じて現物株式等の取引があること、本件ワラント購入以前における被告及びコスモ証券を通じて売買している株式の銘柄については、値動きの激しいものばかりであり、購入から売却までの期間も、短いもので翌日、平均しても二、三か月であること、被告における取引については、Bからの情報や新聞、テレビからの情報等を基にしつつ、最終的に原告自身が判断して約定に至っていること、原告は、本件ワラント取引以前に証券専門書を購入していてワラントの商品内容について研究し予め理解しており、少なくとも、ハイリスク・ハイリターンの商品であり、権利行使価格があること等の理解は十分あったこと、及び原告が歯科医師であることは前記認定のとおりであり、乙第一号証の一ないし三五、第一三号証の一ないし一七、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件ワラント購入時点において、原告は、少なくとも約二三〇〇万円の投資資産を有しており、その他にも預貯金等の資産があったことが認められ、右事実からすれば、原告にワラント取引につき適合性がないとはいえない。

3  説明義務違反について

(一)  前記のとおり、証券会社及びその使用人は、投資家に対し、当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負う。その説明義務の内容及び義務違反の有無については、当該取引の種類、具体的態様、顧客の職業、年齢、財産状態、投資の目的、従前の投資経験の有無及びその程度を総合し、具体的かつ個別的に判断するのが相当である。

そして、国内ワラント取引においては、前記ワラントの特質等に鑑みれば、投資家に対し、①ワラントは発行時に権利行使期間が定められており、この期間を経過すると権利行使ができなくなって無価値となること、②ワラントの価格は株価に連動して変化するが、その変動率は株価の変動率よりも格段に大きく、株価の数倍の幅で上下することについて具体的に説明すれば、通常は説明として十分というべきである。

(二)  これを本件についてみるに、原告の職業、財産状態、従前の投資経験、投資の傾向及び原告が本件ワラント取引以前にワラントについての基本的な知識を有していたこと、並びにBが原告に対しワラント取引の特質及びその仕組み等を説明したことは前記認定のとおりであり、また、前記のとおり、被告から原告に対し、本件ワラント取引の報告書のほか、その後ワラント取引説明書、「新株引受権証券(ワラント)のお預り残高明細」、「新株引受権証券(ワラント)の権利行使期日のご案内」と題する書面及び「月次報告書」がそれぞれ送付されているが、原告がBないし被告に対し、本件ワラント取引について説明が不十分であった旨の異議等を述べたことを認めるに足りる証拠のない本件にあっては、仮にBの説明に不十分な点があったとしても、また本件ワラントの勧誘が電話によるものであるとしても、説明義務違反があったとまでは認められない。

3  虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示(旧証券取引法五〇条一項五号違反)について

原告は、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間中に株価が権利行使価格を上回らない場合には実質的に「紙屑」になる可能性があることをBが原告に告げなかった上、本件ワラントの権利行使期限が平成五年一一月一〇日に到来する点についてもこれを隠したまま販売している旨主張する。

しかし、前記認定のとおり、Bは原告に対し、本件ワラント勧誘時において、ワラントの商品内容及びワラント取引に伴う危険性についての説明をしており、当時、原告がワラントについて誤解していたことを認めるに足りる証拠はない。よって、Bが、原告に対し、ワラントの危険性をことさら隠し、結果的に原告にワラントの危険性につき誤信させたとはいえない。

4  以上の事実によれば、Bの勧誘に違法とすべき点はないといわなければならない。

四  原告は、被告に本件ワラントの売却依頼を継続していたが、そのまま放置された結果、原告は本件ワラントの処分の機会を逸し、原告の損害を拡大せしめた旨主張する。

しかし、前記のとおり、原告は、平成二年一月ころ、Bに対し、本件ワラントを指値で売却して欲しい旨の注文を出したが、右指値による売買は成立しなかったのであり、その後原告は、本件ワラントを売却せず、値動きの様子を見ることとしたため、本件ワラントの価格は値下がりを続け、結果的に本件ワラントを売るタイミングを失ってしまったのであるから、被告が本件ワラントの売却を放置していたとは認められない。

五  以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田清次郎)

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